昭和40年3月卒 普通科同窓会(2018/10/14開催済)

 滝中学校へ入学してから早や60年、滝高校を卒業してから54年、なんと月日のたつのが早いものかと驚愕させられる。そこで、この6年間を少し想い起こしてみよう。
 まず、昭和34年、伊勢湾台風の到来である。名鉄電車が運転中止となり、休みが続いたことを喜んだ記憶、久し振りに登校したとき、農業科の家畜小屋が倒壊していた記憶が蘇る。
 次に、高1から高2にかけて、舟木一夫主演の映画「高校3年生」のロケが、高校で行われたよね。ラグビーのゲームや鉄棒の実演等でエキストラとして皆と一緒に出演したなあ。舟木一夫だけでなく、高田美和や姿美千子は美人でかわいかったなあ。封切られた映画を一宮まで観に行った記憶。懐かしい。昭和39年、東京オリンピック、テレビを観ることに必死で、受験勉強どころじゃなかったね。でも、大学はどこか合格したね。それぞれいろいろの思い出が詰まった6年間であったな。
 齢満72歳となり6回目の戌年を迎えたことを記念して、3年振りに同窓会を名古屋駅前のホテルにて催すこととなった。今回の幹事は初めて女性の担当となり、加藤、岡田、高田が準備を進めた。そして名古屋地区の男性、宮田と堀田が手伝った。
 同窓会は平成30年10月14日(日)11時半より、名古屋駅前のザ・サイプレス・メルキュールホテルで開催された。出席者は恩師を含めて40名で、東は東京、西は兵庫県からであった。恩師としては、担任の多くの先生が残念ながらお亡くなりになられてしまったので、6年の在学中、理科の生物で長年お世話になった小川昭弘先生と、中学校2年B組の担任であった馬渕芳美先生の両先生にご出席をお願いしたところ、ご承諾を得ることができ、ご出席の運びとなった。2人の先生には厚く御礼申し上げる次第である。
 小川先生については、在学中生物部、応援団の顧問としてお世話になった記憶が残っている。我々の卒業後は、滝学園の重鎮として教頭等の要職に就かれた。
 馬渕先生については、わずか1年間の滝での在職であったが、初めての勤務であり、当時の若さ溢れる、清廉潔白、眉目秀麗な印象はそのままであった。なお、先生は岐阜県の高校に移られた後、最後には、岐阜県のトップ高校である岐阜高校の校長の要職に就かれたのであった。
 会は恩師や同窓生の物故者の冥福を祈った後、開会した。司会者の挨拶に続き、2人の恩師が近況についてお話があった。まだまだ元気そうで、その話しぶり、語り口は以前のままであった。本当に良き先生にお世話になったとあらためて感謝した次第である。
 次いで、私どもの同窓が滝の東京支部、大阪支部の役員であることより、それぞれの支部や現況を話してもらった。また、私たちの時代に応援歌ができ、応援団が設立されたことから、顧問の小川先生と応援団のメンバーで校歌、応援歌を手拍子しながら合唱した。夏の愛知県大会を想いだした。
 その後は女性陣が本日の開催までの経緯や最近の状況を語った。また、恩師の出席に幹事としてお礼を申し上げるとともに、皆で語らいながら昔話に花を咲かせた。男性陣も酒を酌み交わしつつ個々の今(趣味、仕事、健康)を互いに語り合っていた。 しゃべってもしゃべっても時間が足らない感じであった。ああこれが青春につながる70歳の春なんだなあとつくづく実感した次第である。
 なお、今回はこれまでの50名より10名余出席者が少なかったが、健康を害するものが増えつつあると感じた。早く健康を回復してくれよ、お呼びがかからないようにしてくれよと心より祈る次第である。
 次回は3年後、江南市(できれば母校訪問を入れる)での開催と同窓生が皆元気に出席できることを約束し、別れを惜しみつつ、閉会とした。シーアゲイン(サイ チエ―ン)

吉田 有夫(記)