
「熱意を持って行動する」
株式会社電通
三浦晃裕 (令和3年卒)
株式会社電通
https://www.dentsu.co.jp/
愛知大学オリジナル「低年次キャリアデザインプログラム CAREER FIELD」(産官学連携キャリア育成プログラム)に参加したことをきっかけに、ビジネスアイデアの発案などのスイッチが入り、以後「“和”の未来創造プロジェクト」などの企画を通し、「のびーる生キャラメる?」や「まぜーるわらびもっちゃ」を開発した卒業生がいました。その当事者、株式会社電通(愛知大学経営学部卒)の三浦晃裕さんにお話を伺います。
「低年次キャリアデザインプログラム CAREER FIELD」(産官学連携キャリア育成プログラム)(※1)って、一体どんな内容ですか?
愛知大学が「将来社会で活躍できる人材育成」を掲げ、低年次を対象に実施しているプログラムです。これにより、学生の社会人基礎力の養成や、望ましい就業観の醸成を目指します。具体的には、企業や行政と連携し、社会課題に実践的に取り組む場の提供などをご支援いただきます。このプログラムでは、学生たちが将来のキャリアビジョンを描くことを目的としていますが、近年、就職活動では「学生時代に力を入れたこと」を問われることが多く、このCAREER FIELDの経験が大きく役立っていることも事実です。
私は1年生から参加し、カゴメ(※2) に対して日本人の野菜摂取率向上を目指した施策を提案したり、岡崎市役所とアフター大河を見据えた地方創生プロジェクトを実行したりしました。その経験を活かし、私は「若年層向け和菓子開発プロジェクト」を個人で企画しました。近年、若者の和菓子離れが進行しており、多くの和菓子店が苦悩しています。こうした課題に対し、若者の一人として解決に向けた取り組みをしたいと思い企画を立案しました。名古屋で和菓子と洋菓子の両方を手掛けている老舗といえばここしかないと、「亀屋芳広」(※3)にまずは電話でご依頼しました。最初はなかなか成果につながらず困難な状況が続きましたが、それにもめげず、20回以上かけ続けました。30回目ぐらいでしたか、担当者と電話で話している近くに社長がみえて、事情を聞いた社長の「若者の熱い想いを形にしてあげたい」という一言で実行が決まったのです。
プロジェクトにご協力いただいた他4名の学生と共に、商品開発が始動してから計8回、亀屋芳広本店に足を運び、若年層が手に取りやすい工夫やSNS上で話題となる条件などを整理しながら議論を重ねました。その中で、亀屋芳広のわらび餅とキャラメルを掛け合わせることで、若者に受け入れられる新感覚の和菓子が生まれるのではないかと方向性が固まったのです。スプーンで混ぜると伸びる特徴を生かし、コト消費を前提とした楽しむアクションを採り入れることで、SNS映えもできるのではないかと試作品を作ること5回。10種類を1度に試食したこともありました。そして完成したのが「のびーる生キャラメる?」だったのです。名鉄商店で販売したのですが、本商品は短期間で大きな反響を集め、想定以上の販売実績を達成することができました。
また昨年(2025年)9月には、愛知大学名古屋キャンパスにおける未活用地帯を活用し、若者に日本の伝統文化を伝えることを目的とした「“和”の未来創造プロジェクト」を新たに企画しました。そして、私がリーダーとして学生7名の開発チームを率いて、亀屋芳広と再び新たな和菓子を開発することになりました。今回のプロジェクトでは、商品を通して日本文化を伝えることを目的としたため、近年海外で大流行している抹茶を使用した商品を提案しました。2か月あまりという短い期間でしたが、抹茶味のわらび餅ドリンク「まぜーるわらびもっちゃ」を開発することができました。この商品は、抹茶味のわらび餅の上にアイスクリーム、抹茶ムースを入れ、ホイップクリームやあずき、花あられをトッピングしたものです。これにお点前を連想させた、かき混ぜるというアクションを加えて飲む仕様にしました。和の文化を体現する商品として完成し、クライアント企業である亀屋芳広様にも喜んでいただきました。11月に開催された愛知大学名古屋キャンパスの大学祭「ささしま祭」にてこのドリンクを300個、以前開発した「のびーる生キャラメる?」を250個販売し、大変多くのお客様に商品を届けることができました。 また本プロジェクトは、公益財団法人 愛知大学教育研究支援財団 奨励賞において功労賞を受賞しました。自分のビジョンに基づいて企画したプロジェクトをご評価いただき大変嬉しく思います。




これらのプロジェクトに参加して学んだことは何ですか。そして、それを駆り立てる原動力は。
リーダーとしてプロジェクトを進める中で、各メンバーの強みやスキルを的確に把握し、チームとして成果を最大化するためのマネジメント力を身につけました。
また、学生一人ひとりが持つ力を最大限に発揮できるよう、各々の強みを見極めながら役割を検討することで、チームをまとめ成果を生み出すリーダーの在り方を学ぶことができました。
また、商品開発における交渉力ですかね。価格交渉でも、駆け引きというか、ここは押す場面、ここは引く場面と逐一判断することにより、交渉力を少しずつ身につけることができました。
私は昔から、自分で何かやってみたい、大きく言えば社会に企んでいきたいという思いが強くありました。社会に企むにあたり、その原動力は“人への感情移入”です。和菓子の開発にしても、若者離れが進行している現状に対し、若年層へのアプローチに苦悩している和菓子店に私なりに感情移入して、少しでも助けになれないか、役に立ちたいという思いから始まったのです。今後も社会に仕掛け続け、より良い社会の実現に向けて、微力ながら貢献できればと考えています。

子どもの頃の夢は?
幼稚園の頃は、サッカー選手になりたいと思っていましたが、小学生になってからは、スポーツに携わる仕事をしたいと漠然と考えていました。高校生の頃、同級生が企画した名古屋の商店街を巻き込んだイベントを見学しました。それを経験したことでこれは面白い、楽しいと率直に思ったのです。そこからスポーツだけではなく、幅広い分野で仕掛けたい、そうした世界に身を置きたいと考えるようになりました。その後、ビジネスに幅広く関われる環境で学びたいと考えるようになり、学生に実践の機会を提供する制度やカリキュラムが整っている愛知大学への進学を決めました。
滝学園時代、どんな生徒でしたか。記憶に残る先生とかみえますか。
滝中時代はサッカー部に所属し、3年生のときにキャプテンを任されました。初めて明確な役割を与えられた経験でもあり、自分なりのキャプテン像を模索する中で、元日本代表の宮本恒靖さんの著書『主将論』を読み、チームをまとめるための考え方や関わり方を学びました。
その学びをもとに、同級生や後輩一人ひとりの能力や性格を分析しながら関わることを心がけ、自分なりにチームを引っ張ることができました。そしてこの経験は、大学時代における商品開発プロジェクトでも存分に活かすことができたと感じています。
私をキャプテンに任命してくださったのは、サッカー部顧問の奥村敬大先生です。先生の言葉が強く心に残っています。
「限界と思ってから、あと一歩」
人は自然に自分の限界を決めつけてしまう場面が多々あると感じています。しかし、そこからもう一歩踏み出すことができれば、その先の結果は大きく変わります。自分の限界を感じてから起こす行動が、その人の将来を大きく左右するのだと教えていただきました。
今回の商品開発にあたり、私は亀屋芳広に20回以上電話をかけました。正直に言えば、「もう難しいのではないか」と限界を感じた場面もありました。しかし、そのたびに奥村先生の言葉を思い出し、まだできることがあるはずだと自分を奮い立たせ、最後まで粘り強く行動することができました。
高校では陸上部に所属しました。小学2年生からサッカーを続け、中学ではキャプテンとしてやり切りました。高校ではより多くの人と出会い、視野を広げたいと考え、スポーツは続けながらも新たな環境に身を置くことを選びました。陸上部で出会った先輩方の存在は、今でも挫折しそうになったときに相談できる、大きな支えになっています。
専門は長距離で、練習は決して楽ではありませんでしたが、仲間と一緒に走りながら苦しさを共有する時間には、サッカーとはまた違ったスポーツの楽しさがありました。駅伝の県大会では、奥村先生の言葉を胸に刻みながら走っていました。スピードが落ち、もう限界だと感じた場面でも、そこからもう一度ペースを上げて走り切ることができました。
また、高校3年生の担任だった山下裕矢先生の言葉も強く心に残っています。卒業式後、クラス全員に向けてかけてくださった言葉です。
「二十代は無敵」
二十代は何にでも挑戦でき、失敗してもやり直せる。まずは一歩踏み出してみなさい、というメッセージだったと受け止めています。この言葉があったからこそ、愛知大学でさまざまなプロジェクトに積極的に挑戦しようと前に出ることができました。
さらに、田口博章先生の言葉。大学入試(共通テスト)の前に配布された学年だよりに記載されていたものです。
「前だけ向いて突き進め!過去は変えられないけど未来は変えられる。挑戦!!(~まえにいくゆうき)」
当時、ネガティブ思考だった自分をポジティブに転換させてくれた大切な言葉です。自分の行動次第で未来は変えられるという前向きな姿勢を教えていただきました。この言葉を胸に、多くのことに挑戦してきたことで、ようやくその考え方が自分の中に根付いてきたと感じています。
滝学園での6年間で最も記憶に残る出来事は。
滝中3年生の夏、サッカー部として臨んだ最後の管内大会ですかね。三位決定戦で勝てば次の大会へ進めるという大事な試合でしたが、試合終盤にコーナーキックから失点し、そのまま敗れてしまいました。キャプテンであり、センターバックを務めていた私は、悔しさで泣きじゃくりながら保護者の方々に挨拶したことを今でも覚えています。
その後、控室に戻り、後輩からほうきを受け取り、涙を流しながら片付けをしていました。すると、そこへ来られた奥村先生が後輩に向けて、「こういう姿勢を、お前たち後輩は見習うんだ」と声をかけてくださったのです。試合に負けて気持ちが沈んでいた中で、それがとても印象に残っており、あの場面は今でも鮮明に覚えています。

大学では、どんな生活をされていましたか。
CFLというサークルに所属していました。CAREER FIELD LEADERの頭文字を取った団体で、主に愛知大学が進めるキャリアプログラムの企画・運営のサポートをしています。具体的には、高校生に向けてキャリアプランを考える講義を実施したり、学生や保護者の方に愛知大学の魅力を伝える説明会や講演の運営に携わったりしていました。
また、マーケティングを専門とするゼミに所属していました。名古屋マーケティング・インカレ(名古屋マーケティング・インターカレッジ、略称NMI)という名古屋圏にある複数の大学が参加する研究発表会が毎年あるのですが、その大会では優秀賞を受賞しました。さらに、多くのビジネスコンテストにも積極的に参加しました。2026年アジア競技大会・アジアパラ競技大会専門委員会が主催した、大会認知度向上を目的としたコンテストでは優秀賞をいただきました。もともとマーケティングやビジネスに強い関心があり、大学生活の多くの時間をこうした活動に費やしていました。
アルバイトでは、名古屋市立小学校の部活動指導員を務めていました。野球、ソフトボール、サッカー、バスケットボール、陸上など、複数の種目の指導に携わっていました。この仕事は、教員の働き方改革の一環として始まった取り組みで、市内の小学校に派遣される形で活動していました。放課後に子どもたちと一緒に体を動かす時間はとても楽しく、スポーツに取り組む子どもたちの純粋さにも日々刺激を受けていました。
また、人材会社での長期インターンシップにも参加していました。愛知県内の中小企業を訪問し、その企業の魅力を取材する仕事をしていました。具体的には、就職活動中の学生に向けたSNSでの情報発信を担当していました。中小企業の認知度向上や人材確保に貢献できるよう、SNSマーケティングの実務に取り組んでいました。
将来の進路について、やりたいことはありますか。
大学で経験した実践的なプロジェクトを就職活動にも生かすことができ、無事、希望する企業に入社することができました。志望していた業界でもあり、これから挑戦したいことがたくさんあります。
配属される部署によって担当できる領域は異なりますが、まず取り組んでみたいと考えているのは、「食」に関わる仕事です。「食」は単に空腹を満たすための手段ではなく、コミュニケーションの契機になったり、体験価値を生み出したり、自己表現や感情を整えるインフラになったり、さらには文化や記憶を継承する役割も担っていると、カゴメや亀屋芳広の皆さまとの共同プロジェクトを通して学びました。
「食」は人々の生活基盤を形成する重要な要素です。その「食」を起点に、人や企業、地域、さらには社会全体を巻き込むようなプロジェクトを展開していきたいと考えています。
また、日本の伝統文化に携わる仕事にも挑戦したいと考えています。和菓子や歌舞伎、漫才など、本来は高い文化的価値を持つものが、時代の変化とともに注目されにくくなり、その存在感が薄れてしまう場面が少なくないと感じています。
しかし、私は少し角度を変えた捉え方をすることにより、新たな価値が見えてくると考えています。そこに関わる人々の熱意や思いを次世代に繋げることが大切だと思います。長年にわたり培われてきた価値の本質は大切に守りながら、表現や伝え方は時代に合わせて柔軟にアップデートし、日本の伝統文化を未来へと繋いでいく仕事に携わっていきたいと考えています。
趣味は、何でしょうか。何か今はまっていることはありますか。
サッカー観戦と美術(鑑賞と絵を描くこと)です。滝の仲良し3人組で名古屋グランパスの試合を見に行くのが恒例で、豊田スタジアムだけでなく、北海道や広島まで遠征し、ゴール裏で応援しています。就職活動の際、「自分らしい一枚の写真を提出してください」という課題には、グランパスのユニフォームを着て、「のびーる生キャラメる?」を手に持った写真を提出しました。
美術に興味を持ったきっかけは、滝中時代に鷲見伸介先生が担当されていた美術の授業の一環で、美術館を訪れて鑑賞ノートを提出するという課題でした。その際に訪れた名古屋ボストン美術館(2018年10月閉館)で、作品に圧倒された自分がいて、それ以来、美術に強く惹かれるようになりました。現在は独学で絵の勉強をしながら、自分でも絵を描いています。特にクロード・モネが好きで、一つの作品に優に30分以上見続けていられます。大学卒業前には、モネの作品をフランスまで見に行きました。
座右の銘は。
座右の銘ではないのですが、私が大切にしている信念は「熱意を持って行動する」ということです。
商品開発プロジェクトで亀屋芳広に30回あまり電話をかけることができたのも、この信念があったからです。相手が人である以上、自分の熱い想いは必ず伝わると信じています。
商品認知度の向上を目的に、マスコミへの取材依頼も自ら行いました。最初は門前払いの連続だった新聞社にも何度も足を運び、8度目の訪問でようやくお話を聞いていただき、交渉が成立したこともありました。
相手が人である以上、熱意は人の心を動かすことができる。これまでの経験を通して、そのことを改めて実感しています。
滝学園の在校生、卒業生(二十歳代の若手)に対し、今後の進路を決めていくうえ、さらには、生きていくうえでの助言がありましたら。
謙虚に自分のできることをやり続けることが大切だと伝えたいです。私自身、特別に目立ったスキルや才能はありませんが、自分自身と向き合い、物事を常に自分事として捉えながら、愚直に行動してきたことで、少しずつ自分の局面が変わってきたと感じています。滝学園には優秀な生徒がたくさんいます。しかし、周囲と自分を比べて焦ったり、羨んだりする必要はありません。まずは、自分にできることは何かを見極めることが大切だと思います。
それを積み重ねていくことで、自分が歩んできた足跡が自信となり、やがて成果へと結びつき、次に進むための原動力になっていきます。その際、私は評価や報酬を目的に行動するべきではないと考えています。評価や報酬は、あくまで成果に付随するものであり、それを目的にしてしまうと、自分が進むべき道を見誤ってしまう可能性があるからです。だからこそ、まずは目の前の物事を自分事として捉え、自分なりの目標や方向性をしっかりと見極めたうえで、謙虚に愚直に取り組み続けていく。まだ社会人1年目の立場でおこがましいとは思いますが、そうした姿勢を続けてきたからこそ、まずは自分が進みたい人生への第一歩に辿り着くことができたと感じています。これからも、熱い想いを忘れず、当事者意識を持って謙虚に自分のできることを積み重ねていきたいと思います。
※1 低年次キャリアデザインプログラム CAREER FIELD」(産官学連携キャリア育成プログラム)
愛知大学キャリア支援センターが提供するプログラム。大学公認のサークル活動として扱われているのが特徴。
◆CAREER FIELD – 愛知大学
https://www.aichi-u.ac.jp/recruit/career-center/career-field
※2 カゴメ
カゴメ株式会社(英: KAGOME CO.,LTD.)は、愛知県名古屋市中区錦と東京都中央区日本橋浜町に本社を置く日本の食品・飲料・調味料の大手総合メーカー
◆自然を、おいしく、楽しく|カゴメ株式会社
https://www.kagome.co.jp/
※3 亀屋芳広
1949年創業、愛知県名古屋市熱田区に本店のある和菓子店
◆尾張名古屋 亀屋芳広
https://www.kameya-yoshihiro.co.jp/
[プロフィール]
三浦 晃裕(みうら あきひろ)
株式会社電通
2002年5月 愛知県名古屋市生まれ
2021年3月 滝高等学校 卒業
2022年4月 愛知大学経営学部 入学
2026年3月 愛知大学経営学部 卒業
2026年4月 株式会社電通 入社
※プロフィールは、2026年4月1日時点の内容を記載しています。