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滝学園同窓会オフィシャルサイト

活躍する同窓生に学ぶ:宮田尚彦氏(朝日インテック株式会社 創業者)

活躍する同窓生に学ぶ:宮田尚彦氏(朝日インテック株式会社 創業者)


生涯現役 医療機器で社会に貢献

朝日インテック株式会社 ファウンダー(創業者)
宮田尚彦(昭和32年卒)


朝日インテック株式会社
http://www.asahi-intecc.co.jp/

「朝日インテック」ってどんな会社ですか?
 皆さんのまわりに、カテーテル手術・検査というものを受けた人がいることでしょう。カテーテルとは、血管や消化管などに挿入し、治療や検査を行うもので、これにより外科的手術なく施術が可能となり、患者の負担を大きく軽減できた優れた医療機器です。このカテーテルを患部まで誘導するのがガイドワイヤーです。強靭さとともに柔軟さを持ち合わせなければいけない、開発には高い技術力が必要なこのガイドワイヤーで高シェアを国内・海外で誇っているのが、私が創業した朝日インテックです。
 朝日インテックの始まりは、1972年、妻と二人で立ち上げた「朝日ミニロープ工業所」です。法政大学で電気工学を勉強したのち、シャープに入社したのですが、そこで出逢った妻との大きな決断でした。妻の叔父が営んでいた金属ロープの製造工場を手伝ったことから、その会社に転職。金属ロープの将来性、可能性を強く感じ、独立したのです。ステンレス製のミニロープを50業種500社に納品するまでになったころ、オリンパスから「胃カメラ、内視鏡の先端を動かせるものを作ってほしい」と。他社との開発がうまくいってなく、私のところにきたようです。最初、無理ですと断ったこの超難解な依頼を極細の素線から開発することで応えたのですが、医療機器を強化していくという方向性が生まれた大きなきっかけになりました。タイ工場に産業用ロープ製造に関するすべてを移管し、名古屋の工場で新しいことに取り組む余地ができたことも大きかったです。その取り組むべきことを医療機器開発と決めたのです。ガイドワイヤーが中心となるのですが、患者の負担を減らすカテーテル治療のような「低侵襲治療」というものがこれからは主流になるだろうという読みもありました。日本の医師たちがこの治療法に真剣に取り組んでいたことも我々の後押しになり、意見・要望をひたすら聞き、それに応えていくという形で機器そのものを進化させていきました。血管内が石灰化などで完全に詰まった病変を突き進めるガイドワイヤーを作ってほしいと、豊橋ハートセンターの鈴木孝彦先生からの依頼で開発した「ミラクル」という製品はその中で生まれたもののひとつです。

朝日インテックを代表する製品

人生で大きなきっかけは何ですか?
 ここまで成長できた道のりを考えてみますと、3人との出逢いが大きかったなと思っています。まず一人目は滝中学校の同級生だった前田君です。当時、私たちの代では、前田君含めて滝高校普通科に入学したのは9人でした。2人は女性。繊維不況などで滝中の生徒が公立高校に行ってしまうという事態があったのです。9人ですので、授業は商業科のクラスでやったり、英語と化学は2年生のクラスのすみで9人が小さくなって受けていました。1年生なのに2年生の教科を学ぶという。ですから、成績はもちろん悪かったですが、少人数でよかったことも。9人が自分たちで考え行動することで一致団結して、大人数の商業科や農業科に対抗できたことです。体育祭や文化祭で私たちの実力を見せてやりました。ただ学業は芳しくなく、もっぱら前田君と鉄道模型(ジオラマ)を作って走らせていました。電気工学に興味を持ったのもこの模型製作からです。前田君との出逢いが私の人生の第一歩だと思っています。その前田君はのちに、朝日インテックに入社してもらい、私の右腕として活躍してもらいました。
 次に妻との出逢いです。これは私の人生を決めた決定的な出逢いでした。妻と出逢わなければ、ミニロープというものにも出会わなかったですし、独立もできなかったと思っています。会社の経理面、財務面をしっかり見てもらいました妻は「夫婦二人考え方が一緒なんです。何かを決断しないといけない時とか、何かを乗り越えて来たのは、二人の考えがぴったりと合ったんでしょうね」と言っていますが、まさしくそうで、妻なくしてはここまでこれなかったと、つくづく思っています。
 3人目は百田さんです。医療機器分野に本格参入するにあたり、ふと思ったのは、我が社にはこの分野に精通した人財がいない、ということ。そこで他医療機器メーカーの工場長をしていた百田さんに白羽の矢を立て、何度も説得をして、弊社に来てもらいました。医療機器の開発には医師の意見・評価が不可欠なのですが、それまでの弊社では、その医師らとの接触がうまくいっていませんでした。それが百田さんのコネクションで改善され、医師たちの要望を聞け、開発のスピードはぐんと進みました。豊橋ハートセンター(当時)の加藤修先生ほか多くの医師と出逢えたのも本当に貴重でした。特に加藤先生は海外赴任中に当社の製品を世界に広めるという役割も担っていただきました。医療機器分野に舵を切った朝日インテック号は百田さんという航海士を迎えることで、幾多の荒波を乗り越えていけたと思っています。

滝学園の在校生、卒業生に助言がありましたら
 2009年に社長を退いた後も技術者として、毎日、研究開発の日々を過ごしています。一技術者として「難しい課題に挑戦しなければ技術の進歩はない」を信念に会社を経営という形でも担ってきました。
 諦めたらすべて終わり。ひとつの大きな壁にあたったら、そこで諦めない、しゃにむに取り組めば、その壁は打ち破れるのです。
 朝日インテックをここまで成長させられたのは、この3人をはじめ多くのすばらしい出逢いがあったからこそです。きっと皆さんも色々な人に出会うことでしょう、人との出会いを大切にしてください。
 朝日インテックが医療機器で社会に貢献し続けられるよう、これからも技術面で応援していきます。

【プロフィール】
宮田 尚彦(みやた なおひこ)
昭和14年3月生
朝日インテック株式会社 創業者

1961年4月 シャープ株式会社 入社
1967年6月 太陽鋼索 入社
1972年4月 朝日ミニロープ工業所 設立
1974年4月 朝日ミニロープ株式会社 代表取締役社長就任
1976年7月 朝日ミニロープ販売株式会社 設立 代表取締役社長就任
1988年7月 朝日インテック株式会社に商号変更
2009年9月 朝日インテック株式会社 代表取締役会長就任
2016年9月 朝日インテック株式会社 代表取締役会長退任 顧問就任

★著書「世界が認めた魂の技術」中経マイウェイ新書
出版社:中部経済新聞社 ISBN:978-4-88520-230-8

※プロフィールは、取材日(2023年3月20日)時点の内容を記載しています。

取材を終えて:宮田顧問と大西同窓会長